入院患者のほとんどが75歳以上の後期高齢者で 年間約3,000人の救急搬送を受け入れている目白第二病院。その多くは低栄養が進行しており、脳血管疾患や骨折、肺炎などの急性イベントで搬送されてくる。こうした患者の栄養管理に尽力する同院副院長の水野英彰医師にその取り組みについてうかがった。
東京都福生市に位置する目白第二病院。同院は176床を擁する救急指定病院で年間約3,000台の救急車を受け入れている。
同院が属する西多摩医療圏は、65歳以上の住民が約3割を占めている高齢地区。同院の入院患者のほとんどは75歳以上の高齢者であり、脳血管疾患や骨折、肺炎などの急性イベントで救急搬送されてくるケースが多くを占めている。同院副院長で外科の水野英彰医師は語る。「こうした入院患者さんのほとんどは、BMIが18・0㎏/㎡を切っている状態であり、これらの疾患の背景にはフレイルや低栄養、認知症があります。寝たきりで下痢や肺炎を合併しやすく、在院日数が長期化する傾向があります」
コロナ禍以降は外出しない高齢者が増加したためか、ADLと食欲低下に伴う低栄養やフレイルの進行により、急性イベントで救急搬送されてくる高齢患者が増えたという。
こうした患者の多くに、口腔トラブルや食欲の減退、上部消化管障害、ポリファーマシー、微細な脳梗塞など、経口摂取を阻むさまざまな要因がある。そのため、経口摂取の回復・維持にはmalnutritioninhospital対策として、受動栄養管理=チューブフィーディングを選択することになるという。「チューブフィーディングの選択にあたっては、アメリカ静脈経腸栄養学会が推奨しているとおり、消化管が使用可能であるならば、静脈栄養よりも経腸栄養を選択すべきです。当院では年間100件ほどの経皮内視鏡的胃ろう造設術(PercutaneousEndoscopicGastrostomy:PEG)を施行しています。一時、ネガティブな印象が広まり、造設件数が減少したPEGですが、現在は胃ろうを必要とする高齢者が急増し、造設件数が増加しています」
ただし、経腸栄養はあくまで栄養管理の手段の1つであり、本来的には栄養管理のアウトカムである経口摂取をめざすべきだと言う水野医師。それは3食経口摂取で必要エネルギー量を満たすことができなくとも、患者のエンド・オブ・ライフにおいて、口から楽しみ程度でも好物を味わえることはQOLおよびQODの向上につながるからだという。「当院の場合、その経口摂取への移行や維持において大きな働きを担っているのが中鎖脂肪酸油(MediumChainTriglyceride:MCT)です」
MCTはココナッツやパームフルーツに含まれる植物成分。一方、キャノーラ油やオリーブオイル、ラードなどの一般的な調理油は、炭素鎖14以上の長鎖脂肪酸油(LongChainfattyTriglyceride:LCT)である。MCTの炭素鎖はLCTの約半分と短く、リンパ管を経ることなく、消化管から門脈を経て肝臓に入り、エネルギーとして素早く代謝される。そのため以前から、低炭水化物食やケトン食などの高脂肪食を必要とするてんかん患者、低体重の糖尿病患者、LCTを使いにくい消化管手術後の患者などへ栄養補給するために利用されてきた。現在は高齢者の低栄養改善目的にも使われるようになっている。
また、MCTは無色透明で無味無臭であるため、嗜好に関係なく料理や飲料に混ぜるだけで簡単にエネルギーアップを図ることが可能だ。
「MCTはオイルタイプだけでなく、パウダーやプリンタイプなど、さまざまなタイプが市販されています。甘いデザートが好きな方はプリンタイプ、オイルはお粥に混ぜて、経口摂取で不足する分、MCTパウダーを流動食に懸濁して提供することもあります。患者さんの身体状態や嗜好に合わせて、手軽にエネルギーアップできることは栄養管理上、大きなメリットです」
さらにMCTは単なるエネルギーアップだけでなく、高齢者の身体内で欠乏しがちな脂質を補う点でも有効だという。高齢者のなかにはカルニチンが欠乏している状態であることが少なくない。その場合、ミトコンドリア内でLCTが代謝障害を起こすリスクがある。この欠乏する脂質を補うためにもMCTの摂取は有効なのだという。
それだけではない。MCTを摂取することで胃から分泌されるホルモンであるグレリンの活性化を促すという。グレリンは食欲を調整する働きを有するホルモンであると周知されており、絶食によりその血中濃度が上昇し、摂食によって低下する。水野医師はこのグレリンの有する作用に着目し、絶食などによって食欲が低下している高齢入院患者にMCTを提供。栄養状態の維持や低栄養の改善を図っている。
なお、MCTは認知症の改善や予防が期待できるとの報告もされているが、水野医師はその背景には低栄養の改善も関連しているのではないか、との見解である。なぜなら、MCTを用いて栄養状態が改善した場合、ADLが向上して活動範囲が広くなり、その結果として認知症の改善につながることが考えられるからだ。
「実際、MCTを使った栄養療法によって栄養改善が見られた症例もありました」と語る水野医師は、かつて同院で経験した入院患者の事例を紹介してくれた。
その患者は80代の女性。大腸がん手術のため同院に入院した。入院時の栄養状態は悪く、入院前からサルコペニアが進行している状態だった。食欲も低く、術後に提供した食事の半分も食べられない状態だった。
もともと栄養状態が悪いうえ、食事摂取量が少なく、術後の侵襲も加わることでサルコペニアがさらに進行することが懸念された。そこで水野医師は、患者が唯一手をつける汁物にMCTパウダーを添加することを提案。これによって、1日のエネルギー量が格段に高くなり、栄養状態が改善傾向となった。さらにグレリンの効果か、食欲も徐々に向上し、入院から1カ月後には独歩で退院可能となった。
「食材費が高騰するなか、新しい食品の導入は難しいという声もあるかもしれません。しかし、私たちは医療者であり、患者さんのメリットのために最善を尽くす使命があります。栄養状態の改善と口から食べる楽しみを提供するという栄養管理のアウトカムの達成において、MCTは非常に有効な食品です。患者さんが最期の瞬間までよりよく生きられるため、管理栄養士の皆さんはこのアウトカムを達成し続けていかなければなりません」
管理栄養士が病棟に常駐し、約8割の入院患者に対して入院栄養管理体制加算の算定をしている東京医科大学病院。
その強力な栄養管理体制を支えるため、同院では積極的に中鎖脂肪酸油を活用しているという。それは具体的にどう活用しているのか?同院の取り組みを紹介する。
東京都新宿区の高層ビル街の一角に位置する東京医科大学病院。904床を擁する同院は、特定機能病院や地域がん診療連携拠点病院、東京都災害拠点病院など、多くの指定医療機関となっており、同院栄養管理科には31人の管理栄養士が所属している。
栄養管理科の宮澤靖科長は語る。「当科では今年4月1日から厨房業務を全面委託化し、当科に所属する管理栄養士が病棟に常駐する体制を構築しました。病態の変化の激しい急性期の患者さんにおいては、管理栄養士が病棟に常駐し、その変化にきめ細かく対応した栄養管理を提供できなければなりません」
栄養管理科では宮澤科長が着任して以降、3年かけてこの体制構築をめざしてきた。折しもこの日、令和4年度診療報酬改定が施行された。周知のことだがこの改定においては、特定機能病院において管理栄養士が病棟に常駐し、適切に栄養管理を実施する体制を評価する入院栄養管理体制加算が新設された。同院ではこの加算について、産科や小児科など一部の診療科を除いてほぼすべての入院患者に対して算定しているという。むろん、算定していない病棟においても管理栄養士は常駐している。「さらに今回の改定では早期栄養介入管理加算の見直しがありました。これも当院にとってメリットのある見直しとなりました」
改定前、この加算は特定集中治療室入室早期から経腸栄養などの必要な栄養管理を行った場合、入室した日から起算して7日を限度として400点を加算するとしていた。改定後、入室早期から経腸栄養を開始した場合は400点、経腸栄養以外は250点と見直された。同院のICUには重症患者が多く、イレウスやショック状態で経腸栄養を開始できないことが少なくない。それでも静脈栄養を中心として全症例に介入しているが、それは算定対象外であるため、算定率は約6割に留まっていたという。しかし、見直し後は全症例について算定可能となり、EICUも算定が可能となった。そのメリットは大きい。「当然ながら、静脈栄養や経腸栄養は栄養管理のゴールではなく、通過点に過ぎません。次のステップである経口摂取をめざすため、当院において欠かせないものが中鎖脂肪酸油(MCT)です」
「経腸栄養から経口摂取開始に移行する患者さんのなかには、消化管の機能が低下していることもあり、少量しか摂取できないことが少なくありません。嚥下機能が低下している場合、嚥下調整食の提供となるため、必要エネルギー量の充足が困難となります。こうした場合、栄養補助食品を使用することもあるのですが、これらは甘い製品が多く、数日間続くと飽きられてしまう傾向にあります。そのため、栄養補助食品の代わりにMCTを主食に添加し、エネルギーアップを図ります。また、MCTの摂取がグレリンの活性化につながるため、食欲向上が期待できるメリットも大きいですね」
MCTオイルはお粥に、MCTパウダーはご飯に添加する。また、嚥下調整食の主菜には食材の物性に応じて両者を使い分けている。
宮澤科長がMCTを導入したきっかけは、熊本リハビリテーション病院の吉村芳弘医師らによる「熊リハパワーライス(R)」の取り組みに触発されたからだという。熊本リハビリテーション病院では、2012年から低栄養の高齢患者を中心にして、二度炊きのライスにMCTオイル、MCTパウダー、プロテインパウダーを混ぜた「熊リハパワーライス(R)」を提供している。ライスに混ぜるだけなので手軽で、エネルギーアップしてもボリュームがほとんど変わらない。MCTは無味無臭であるため料理の味を損なわず、エネルギーとして即効性があり栄養管理上の効率がいいため、食事摂取量が低下した患者に適しているという。さらにグルコース供給過多による慢性腎臓病や糖尿病、呼吸不全の増悪を来さないこともメリットとなっている。
実際、MCTの添加によって、栄養状態が改善したケースがある。患者は、78歳の男性。22年5月に脳梗塞を発症し、左片麻痺と嚥下障害があった。術直後は、経腸栄養法が施行されていたが、同年6月初旬より嚥下評価後に経口摂取を進めていた。医師による嚥下内視鏡、看護師・歯科衛生士による口腔ケア、言語聴覚士による嚥下機能訓練、管理栄養士による食事調整を行い、嚥下調整食も次第にステップアップしてきていた。脳梗塞発症前には、体重が70㎏前後あったようであるが、発症後2カ月で8.5㎏減少していた。「リハビリを行うためにもエネルギーアップが必要である」とカンファレンスでの結論となった。現状の同院の嚥下調整食(1,400kcal/日)を平均50%程度摂取していたため、主食のお粥にMCTオイル(全粥100gに対しMCTオイル6g)を添加してエネルギーアップを図った。リハビリも順調に進み、体重も4・3㎏増加し、嚥下障害は残存していたがリハビリテーション病院に転院となった。「当院では2年ほど前にMCTの添加を始めて以降、提供した食事の摂取量が2〜3割増加した印象があります。実際、残食は減っています」
宮澤科長が残食について調べたところ、ある5つの病院における1日の残食量は合計1.6tにも及んでいたという。その処理料金は病院経営にとって大きなデメリットであるだけでなく、食材費が高騰し続ける今、少しでもコストを抑えるために残食を低減しなければならない、と宮澤科長は言う。「残食が多いということを、嗜好の問題だけで片付けられません。それは食事摂取不良を反映した結果であり、患者さんの栄養状態に大きく影響しているはずなのです。なぜ食べられないのか、どうしたら食べられるのか、これは栄養管理における大切な課題です。私たち管理栄養士はこの問題にしっかりと向き合い、解決に取り組んでいかなければなりません」
(株)日本医療企画 ヘルスケア・レストラン2022年9月号 別刷
サンプルのお申込みには会員登録が必要です
医療・介護関係者の皆様へ
本サイトは、日本国内の医療機関・介護施設にお勤めの専門職
(医師、薬剤師、看護師、栄養士、ケアマネージャー等)に情報提供しております。
※国外の医療・介護従事者、一般の方に対する情報提供を目的としたものではございませんのでご了承ください。
あなたは
医療・介護従事者ですか?
はい※対象の職種をお選びいただき、クリックの上、お進みください。